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飛騨千光寺の住職である大下大圓さんが、飛騨を中心として医療ボランティアとしての活動に取り組まれて20年。その活動は飛騨医療福祉ボランティアの会の結成、クリニックでの臨床ケアワーカーとしての仕事、NPO、ホスピス運動など広がりを見せている。
「もとは寺の生まれでない私が仏門に入ったのも、3歳くらいから自分が砂漠で死ぬ夢を度々見たことに始まります。その時抱えた、死に対する恐怖をなんとか克服できないかと思って来ました。12歳で千光寺に入り、高野山での修業を積んでいた20歳の頃、大病を煩ってしまいました。その時、患者には病による身体的苦痛の他にも、家族や周囲に対する負い目など心理的苦痛、また社会的苦痛、さらにスピリチュアル(精神的)な苦しみがあると感じたのです。医療現場では肉体的な治療は出来ても、患者さんの精神的なケアは出来ていないと感じたのが、活動を始めるきっかけとなりました。」
病院を訪れ、末期ガン患者と語らいのひとときを過ごすという医療ボランティアを始めた大下さん。死に対しての恐怖や苦しみを抱える患者さんに対して、私達の多くが言葉を失い、自分の無力を感じるだけだろう。
「苦しみを抱える患者さんだから、痛みを打ち明けてくれる。嘘はなく本音で話されるものです。それに対して、助けてあげよう、何かしてあげようでは無く、ただ話を聞いてあげるのです。答えは全て、患者さんが持っています。私達はそれに対して、共感したり同調しながら、相手の思いをしっかりと受けとめてあげることなのだと、私自身も学びました。ある患者さんは私に『もう死にたい』とおっしゃいました。それに対して何か『回答』を求められていると思いがちですが、本人以外にその答えを出せる人はいないのです。まずはその思いを受けとめる。人間は受け入れられたと感じると、自然に次の一歩へと踏み出す力が湧いてきます。」
そうしてご本人が自然に自分の人生と向き合って回答を見つけだされるのだと言う。ストレスの多い現代、抱える悩みや苦しみは人それぞれだ。そうした精神的な痛みを乗り越えるための「いい加減に生きるースピリチュアル仏教のすすめ」という本を出版された大下さん。
「いい加減とは、仏教の教えである中道、偏らないこころのことです。心がピリリと引き締まる時間と、ゆるめながら自分のこころの中を見つめていく時間。ストレスを取り去るのが癒しではなく、いったん立ち止まり自分に向き合って、魂に栄養を与えることで、いい加減な生き方ができるようになるのです。」
現在も社会や悩める人々と関わっていける僧侶でありたいと、医療スタッフのメンタルケアや研修生の受入れ、大学の講師なども勤める大下さん。
「ボランティア活動も、マニュアルは無く、同じ思いの人たちがつながりを大切にしながら、くり返し行っていく事で前進して来ました。大きな願いや希望はありますが、そのために自分には何ができるか?活動は常に自分の足元でという気持ちを大切にしています。」
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