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パティスリー マツキ

パティスリー マツキ
松木 雅文さん

飛騨市古川町南成町3番9号
TEL 0577−73−2159
営業時間
AM9:00〜PM6:30
定休日
毎週月曜日

ビストロ・ミュー 白川尚さん

パティシエと呼ばれる洋菓子職人は今や人気の職業である。
その美味しさが噂を呼び古川だけでなく周辺市町村からも多くのファンが訪れる「パティスリー・マツキ」。
かつては『松木製菓舗』という和菓子の店だったが、2年前に移転、本格的なフランス菓子のお店とし
て生まれ変わった。

「私自身、結婚して妻の家に養子に入るまで、全くお菓子とは関わりのない会社勤めをしていたんです。
義父は腕のいい和菓子職人でしたが、商売の苦労も知っていたためか、跡を継いで欲しいと言われた事はありませんでしたね。
しかし、店の手伝いをするうちにやってみたいという気持ちになったんです。
義父の腕はすばらしいものでしたし、義父が和菓子を、自分が洋菓子を作ってみようと考え、早速修業に出ることにしました。」

結婚したばかりの妻と二人、当たりをつけた洋菓子店に職を求める。
しかし、ふらりと入った岐阜のお店のケーキを食べ「ここしかない」と、なんと直談判で修業を申し込む。

「給料は要らないので、仕事を覚えたいと頼みました。
たまたまスタッフに空きがあったその店で、正社員として使ってもらえる事になり、幸運なことに住むアパートまで提供してもらえたんです。
しかし、入ってみてこの仕事の大変さを実感しました。仕事は朝早くから夜まで、覚える事も沢山あります。
引き菓子など大量に作るものも扱っていたので、基本的なことは全て叩き込まれましたね。」

その時、覚えたのが現在お店の看板商品とも言える『ガトーロール』。たまごの味とクリームがふんわり溶け合う絶品ロールケーキだ。
しかし、2年程勤めて、松木さんの気持ちは、老人介護の仕事へと傾いていく。
洋菓子を離れて、4年間老人ホームでの仕事をしていたが、義父の具合が悪くなった事から、古川へ戻ることになる。再び和菓子の手伝いをするようになった松木さん。
当時の和菓子店には珍しく、オーブンがあったことから、ふとあの頃覚えた焼き菓子を焼いて見ようかと思い付いた。

「夜、仕事が終わってから焼き菓子を焼き、店に並べて帰ったんです。
朝、店に来てみると、なんとそのお菓子が売れていたんです。その時の嬉しさは言葉ではいい表せない程でした。
現在、どんなに商品が売れても、あの時の感動は忘れられませんね。」

それから焼き菓子を店頭に並べるようになると、プレゼントや頂き物で食べたお客さんがまた、美味しかったからと買いに来て、口コミで商品が売れていった。
冷蔵ショーケースも無い和菓子屋の店頭で、バースデーケーキの注文まで入るようになる。スタッフもお願いする事になり、松木製菓舗にケーキを買いに行くお客さんはどんどん増えた。

「自分はフランスで学んだ訳でも、有名店で修行した訳でもありません。
ほとんど独学です。今一つ、自信の無い部分があったのですが、生チョコを開発し全国的に名の知れたパティシエの本を読んだら、その方も独学だったのです。
独学でもここまで出来るんだと希望を持ちました。それからあらゆる本を読み、レシピを試したり、食べ歩きをして勉強を重ねて来ました。
家族はもちろんの事、スタッフに助けてもらった事、販売業で店長としてキャリアのあった妻に安心して店を任せ、自分はケーキ造りに集中出来たのも感謝しています。」

当初からの人気商品であるガトーロールや、生チョコなども、常に味を検討し、一つの商品を磨きあげていくのが松木さん流だ。
現在はイースト菌を使った菓子の開発にも取り組んでいる。

「お店を出すのが夢ではなくて、そこから、ハードルはどんどん高くして行かなくては…。
私は24時間お菓子の事ばかりを考えています。そうでなくてはお客さんに来てもらうことは出来ないと思うんです。」

現在、松木さんの下では2人が夢を持って修業している。
初めて売れた時の感動に、誠実に応えようと技を磨く松木さん。
自分の道を見つけるのに、遅すぎるという事はない、前を向いて、ひたすら学ぶ、だた求められ、喜ばれ、またその気持ちに応えようと努力する 事が自分を活かす道なのだろう。