おしゃれな女性なら、一度はのぞいたことがあるのというのがこのお店ではないだろうか?
明るい店内にはアクセサリーを始め、バッグや化粧品など服飾雑貨が並び、楽し気に若い女性達が手にとっている。
このお店がもとは時計屋だったことを知る人は少ないかも知れない。
神通さんは今でも時計の電池交換や修理が出来る時計職人だ。
「30年程前は父と時計屋を営んでいました。当時の時計は機械式が多く、私達は主にその修理で食べていたんです。
しかし、時計が電池式に変わり、修理が少なくなり、時計の単価も安くなると時計屋では食べていけない時代がくることがわかっていました。
何かしなければといろいろな勉強会に参加していた時、先輩から時計はアクセサリーの一つなのだから、身につけるものをトータルで扱ってはどうか?と言われたんです。
さかんに業種から業態への変換が叫ばれた時でしたから、スタイルを提案する店造りをしてみようと思ったんです。」
早速、人気のあるファッション誌に掲載されているブランドメーカーをたずね、商品を仕入れると店頭に並べてみる。
しかし「全く売れませんでした。雑誌に掲載されているおしゃれな商品なのに、何故だろうと悩みましたね。
今思うと、時計屋のころは天眼鏡で小さな機械の中を覗き込んでる仕事でしたから、まったく外の世界に目が向いていなかったのでしょう。 職人であっても商売人でなかったのです。」
そのころ町の多くの時計屋では宝石貴金属とメガネを扱う店はあっても、ファッション性が高く、価格の安いアクセサリーを扱うお店はなかった。 貴金属からするとそれはイミテーションでしかない。
「まだ30才になったばかりでしたが、いくつであっても自分の殻を破ることはなんと難しいのかと思いますね。
自分自身のプライドがアクセサリーを扱うことにどこかで抵抗を感じていたんです。」
そんな時、くだんの先輩に誘われ、大阪の問屋街へと仕入れに出向いた。
「それまで東京のファッションブランドで買い付けていた所から比べると、ごちゃごちゃと安物を売っているような所でした。価格も千円程度の品。 がっかりしましたが先輩にすすめられ、仕方なくいくつか買い付けして、店頭に並べてみたんです。 すると、ブランド物は売れないのに、あっという間にその商品は無くなってしまいました。 その時に初めてモノが売れるというのはどういうことか、少し分かってきたんですね。」
店を持ったら誰もが憧れのブランドやすてきな商品を自分の店に並べたいと思うのは夢だろう。
「どんなに素敵で、雑誌に紹介されているブランドだろうと、人は自分にちょうどいい価格のものを選んでいるのだと思いました。おしゃれで良いものと、売れるものは違うと気付いたきっかけでした。」
お店もアクセサリー目当てのお客さんが多くなってくる。
「自分では大きく変わったつもりでいました。
しかし、その先輩からただのネックレス屋になったな、と言われました。
もっともっと面白い店になるのではないか?身に付けるものは他にもいろいろあるぞと。」
そうして8坪から始めた時計屋が、今では100坪の店舗に、あらゆるファッションアイテムを扱う店になった。 今でも売れる法則などはわからないという神通さんは、いつもお客さんの声を聞き、同じ方向に目を向けている。
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